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「井上勝」の足跡を訪ねて(東京編)

「井上勝」のひ孫にあたる井上勝重さんに会いに上京

まずは、井上勝の墓前に手を合わせようと、勝が眠る品川の東海寺へ向かう。「だいたいこの辺り」とタクシーから降りたが、全く分からない。通行人に道を尋ねるが、あまりの暑さで意Img_0901識が朦朧としているのか要領を得ず。駆け込んだ事業所の初老のビジネスマンの教えに従って、「近代硝子工業発祥之地碑」を目印に左に折れると墓地の 入口があった。入口には、「しながわの史跡めぐり」と題したやや古めのマップが貼ってあり、「井上勝」も紹介されている。 墓地内には、沢庵和尚や賀茂真淵の墓などもあるが、写真で何度も見ていた「井上勝」の墓はすぐに分かった。新幹線や在来線の電車など、「鉄道」が最もよく展望できる場所にあり、「勝」本人が、この地に眠ることを望んだ理由がよく分かる。

いよいよ、井上邸へ。 奥様に迎えられリビングに通され、いきなり目に入ってきたのが、ガラスケースに入った「馬具」。『勝は、馬が好きだったようで、これは、明治天皇からいただいたものだそうです。』と奥様。明治26年に勝が鉄道庁長官を辞したときに下賜された御料馬具らしい。しばらくして勝重氏が登場。

・・・勝に関するものは、ほとんど戦争で焼けちゃって残っていない。他の人から情報をもらい、「そうだったのか」と初めて聞くことが多くて、逆に感謝している(山口市小鯖に居を構えていたというのも初耳という様子)。父(勝英氏)から、勝のことをあまり聞いていないし、父もその父からあまり聞いていなかったのだろう。こんなことなら、もっと勝のことをよく聞いておくんだったと後悔している。勝のものが何か残っていないのかと聞かれるのが一番つらい。勝の写真も、本人があまり好きでなかったのかほとんどない。とにかく暇があれば、現場に行っていたというから、家族で過ごす時間も少なかったのだろう、家族と撮影したものも、ほとんどない・・・

長州ファイブの酒や焼酎のことはすでに御存知で、おいでませ山口館で買って、知人に配ったりもしたとのこと。「上田廣」著・「井上勝銅像を再建する会」版の「“鉄道事始め”井上勝 伝」の復刻版を頂戴する。

・・・これが父の最後の仕事であった。勝のことを気に掛けていただくことは、大変ありがたたいし、自分が末裔であることは間違いなく、協力は惜しまないので、遠慮なく言ってほしい。父も生きていたら喜んだに違いない。・・・

子爵一族とうことで、かなり緊張したが、とても気さくで、笑顔の素敵な方だった。山口県にも何度か来られているとのことだが、「ぜひまた山口県へ」とお願いして、井上家を後にした。

次に、東京駅の井上勝像へ。2代目「井上公銅像」は、駅舎を背に、皇居の方を見つめて建っていた。まずは、偉大な郷土の大先輩と記念撮影。周りには工事用の柵があり、近づいImg_09082てよく見ることができなかったが、台座前面には「子爵 井上勝君」というような文字しかなく、後面にも建立関係者の氏名など漢字が並ぶのみ。 一般の人が見たら、「井上勝」が何者なのか、なぜここに銅像が建っているか分からないだろうということで、さっそく、東京駅に事情を聞いてみると、現在駅舎を改装(昔どおりに復元)・整備中で2010年度末終了予定だとか。せめて、「鉄道の父」という文言ぐらいは表示する方が親切だし、鉄道や、その歴史に思いを馳せてもらう意味で、JRにとってもいいことなので、前向きに検討してほしい旨をお願いした。(できれば、山口県出身という文言も入れてほしいところであるが。)

次の目的地は、旧新橋停車場。明治5年に開業した旧新橋停車場の駅舎を、当時と同じ場所に、開業当時の外観で再現し、平成15年4月オープンした。何度もここを通っているはずなのImg_0912に、その存在を知らなかったのは不覚。駅舎内部にあるのが、鉄道や汐留の歴史などを紹介する「鉄道歴史展示室」。 小さいがなかなか見ごたえあり。「映像の記憶」コーナーでは、鉄道開業の歴史的な経緯などを伝える映像をプラズマディスプレイによって見ることができる。この中には、井上勝の紹介を詳細に行っているバージョンもあり、「いずれ、このDVDを手に入れよう」と思ったのであった。

少々ハードながら鉄道三昧の一日。“山口県人はもとより、全国の人々に井上勝のことをもっと知ってもらい、鉄道の父「井上勝」を現代に甦らせたい”、そんな思いや決意がますます高まった日帰りの旅であった。

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