もう一人の鉄道の父「佐藤政養」を追って~山形県遊佐町
遊佐(ゆざ)町---日本百名山に名を連ねる「鳥海山」を擁し、山形県最
北端に ある人口約1万7千人の美しい田園の町である。ここに、もう一人の鉄道の父「佐藤政養(さとうまさよし)」のふるさとがある。
佐藤政養は初代「鉄道助」を務めた人物で、そのときの「鉄道頭」が井上勝。ともに日本初の鉄道、新橋~横浜間の開通に力を尽くした同志なのだ。政養は、砲術や天文、測量、航海術などを学んでおり、幕末、神奈川開港から横浜開港に方針が変わったのは、政養が勝海舟を介して幕府を動かしたからだと言われている。その後、その横浜港から、勝はイギリスへと密航の旅に出るのである。
「遊佐町の吹浦という駅には、佐藤政養のりっぱな銅像があるそうだ。しかも、毎年10月14日の鉄道の日には、子孫の方や町内、JRの関係者、地区の小学生が参加して”政養祭”という顕彰のためのお祭りが開かれている。」---例によって、ノムラン会の広報部長が仕入れた足で稼いだ情報だ。情報源は国土交通省の鉄道局長。「遊佐町の取組を学び、遊佐町と何かタイアップができれば」・・・半年越しの思いを実現し、2月4日、ついに、広報部長とともに遊佐町へ旅立った。
鉄道の父に対して面目ないが、遊佐町までは空路を選択した。東京から庄内空港まで約1時間。(余談だが、羽田空港で乗り継いだ飛行機は、山口宇部空港から利用した飛行機で、クルーも同じであった。また、帰りに羽田空港から乗った飛行機で読んだ新聞も山形版であったことから、そういうローテーションになっているものと思われる。)庄内空港から遊佐町までは車で30分ぐらい。広報部長の友人のナイスミドルの案内で吹浦駅へ。
吹浦(ふくら)駅前の好ポジションに、鉄道助の正装姿で、政養は堂々と立っていた。その視線の先は、おそらく東京であろう。これまた、鉄道や鉄道人を見守り続けているのだ。吹浦駅は羽越本線にある簡易委託駅。羽越本線
は新潟の新津駅から秋田駅までを結んでいる。SLやまぐち号のC571号機も昭和29年頃には羽越本線で活躍していたようだ。銅像そばには、佐藤政養の説明や年譜、さらには元国鉄総裁の十合信二氏から寄せられた言葉もあり、佐藤政養という人物が何者なのか、なぜここに銅像があるのかということが一目で理解できる。今度、東京駅に戻ってくる「井上勝」像にも、こうした配慮が欲しいところである。
遊佐町役場では、町長さんや観光担当課、文化財保護審議会委員の方々から、いろいろな話を聞くことができた。”政養祭”は、吹浦駅に銅像が建立された
昭和39年から毎年行われており、「遊佐四大祭」の一つとなっている。また、町では冊子も作って、小学生たちに町出身の偉人の学習もさせている。さらに、平成2年には生家の近くに、 地区の人によって「顕彰碑」も建てられ、町ぐるみで、政養を讃え、次世代に伝えているのだ。政養が江戸に出たのは33歳。偉業を成し遂げ56歳で病没するが、ふるさとにいた期間が長いだけに、遊佐の人とのつながりも深く、人々の心にも残っているのかもしれない。
小野寺町長は、日本青年団協議会会長も務めておられた熱血漢。少年町長、少年議会を発足させ、「次代の主役は、今だって主役」と、地域の声を全身で受け止める町長さん。山口県のこともよくご存じで、友人もいるとか。嬉しいのは「長州ファイブ」に大変興味を持っておられること。国禁を犯して海外に行き、日本を変えた若者たちに共感を覚えると言われたが、町長さんからも同じエネルギーを感じた。吉田松陰も遊佐を訪れたはずだから、どこに立ち寄り、どこに泊まったか今後調べてみたいともおっしゃっていた。
また、遊佐町の方々には、休館日にもかかわらず、国の重要文化財に指定されている漁
業王・青山留吉の旧邸をご案内していただいた。ここのガイドは、子供たちが行うこともあるということで、遊佐町ではふるさとを愛し、誇りに思うということが、とても大切にされているということが、よく分かった。
鉄道や日本を変えた人物たちをキーワードとする遊佐町との交流に大きな可能性を感じた遊佐町訪問であった。
「ゆざ、えがった。えがった。」遊佐町のみなさん、本当にありがとうございました。
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コメント
寒い中、「鉄道の助」佐藤政養を訪ねての旅お大変疲れさまでした。
遊佐町と「鉄道の頭」井上勝のふるさと山口との交流の開始となる「一大エポック」!!
かの吉田松陰が東北行脚の旅で遊佐に立ち寄っていたとは、さらに驚き!!
鉄道に因んで新たな交流を進めたいものです。
投稿: 会員番号「3」 | 2008年2月25日 (月) 23時12分